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浦和地方裁判所 昭和62年(ワ)354号 判決

原告

小峰喜子

ほか三名

被告

イセ株式会社

主文

一  被告は、原告小峰喜子に対し金一〇四三万三八一八円及びうち金九六三万三八一八円につき昭和六一年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同小峰久尚及び小峰理に対し各金一三四八万七九一四円及びうち各金一二八八万七九一四円につき右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同小峰ゑに対し金一〇〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告ら、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

「1 被告は、原告小峰喜子に対し金二三〇五万七八八七円、原告小峰久尚及び同小峰理に対し各金二〇〇七万一八五八円及び原告小峰ゑに対し金三〇〇万円並びにこれらの各金員に対する昭和六一年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言

二  被告

「1 原告らの請求をいずれも棄却する。2 訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

原告小峰喜子(以下「喜子」という。)は、訴外亡小峰邦夫(以下「亡邦夫」という。)の妻、原告小峰久尚(以下「久尚」という。)及び同小峰理(以下「理」という。)は亡邦夫の子、原告小峰ゑ(以下「ゑ」という。)は亡邦夫の母である。

2  事故の発生

亡邦夫(昭和一〇年七月一九日生、当時五一歳)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、昭和六一年七月一九日午前一時三六分、関東脳神経外科病院において死亡した。

日時 昭和六一年七月一八日午後一一時三五分ころ

場所 埼玉県鴻巣市人形三丁目一番五一号

加害車 普通貨物自動車(富四四む七五八号、以下「加害車」という。)

右運転者 訴外彌重恭二(以下「彌重」という。)

被害者 亡邦夫

態様 彌重は、酒に酔つて加害車を吹上町方面から北本市方面に向つて運転中、同車進行道路左側を同方向に進行していた亡邦夫運転の自転車に自車を衝突させて同人を路上に跳ね飛ばし、同人に脳挫傷等の傷害を負わせた。

傷害の部位程度死因 亡邦夫は、本件事故により、脳挫傷、頭蓋骨骨折、頭部外傷の傷害を負い、それが原因で死亡した。

3  責任原因

被告は、加害車を保有し、同車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて発生した損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 亡邦夫の損害

(1) 給与に関する逸失利益 金四三三一万一九八二円

〈1〉 亡邦夫は昭和三四年一一月から検察庁に勤務し、本件事故当時五一歳になつたばかりの健康な男子で、東京高等検察庁事務局会計課主計係長の職にあり、本件事故にあわなければ、国家公務員法八一条の二に従い、六〇歳の定年になる平成八年三月末日まで右検察庁に勤務し得たものである。

〈2〉 亡邦夫は、右検察庁在職当時、国家公務員として、一般職の職員の給与に関する法律六条一項四号、ロ、公安職俸給表(二)が適用されており、別表一の公安職俸給表(二)の七級一二号俸の本俸月額金三三万九九〇〇円と、一か月当たり、調整手当金三万四四四〇円、扶養手当金四五〇〇円、住居手当金一〇〇〇円、通勤手当金二万二九五五円が、また月によつて額が異なる超過勤務手当がそれぞれ支給されていた。

〈3〉 亡邦夫は、右在職中、成績優秀者として、昭和三九年一〇月一日、昭和四六年七月一日、昭和五一年七月一日、昭和五六年七月一日及び昭和六一年七月一日の計五回特別昇給しており、また、昭和五四年四月東京高等検察庁会計課歳入係長に任命されたのを振出しに、昭和五五年四月から東京高等検察庁調査課教養係長、昭和五六年四月から最高検察庁会計課用度係長、昭和五八年四月から最高検察庁調査課調査第一係長、昭和五九年四月から東京地方検察庁会計課主計係長、昭和六一年四月から東京高等検察庁会計課主計係長をそれぞれ歴任しており、七年間係長の職にあつて順調に昇進してきたものである。

亡邦夫は、右のとおり成績優秀者として五回の特別昇給の実績があること、係長職を七年以上歴任してきたこと、管理職にあること、専門職であること、死亡当時五一歳で定年まで九年間を残していることからして、将来課長に昇進する予定であり、遅くとも平成三年四月以降退職時まで本俸の一〇〇分の一〇を俸給の特別調整額として受け得たものである。

〈4〉 国家公務員一般職の給与のベースアツプについては毎年人事院勧告がなされ、昭和六一年は二・三一パーセント、昭和六三年は二・三五パーセント、平成元年は三・一一パーセントの勧告がそれぞれなされており、亡邦夫が右検察庁に勤務し得た平成八年三月末日まで少なくとも毎年二パーセントのベースアツプが見込まれる。

〈5〉 したがつて、亡邦夫は、本件事故にあわなければ、平成八年三月末日まで少なくとも別表二「俸給支給予定額計算書」に記載のとおり、昇給及びベースアツプ並びに昇格した給与の支払を受け得たものであるから、右給与につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除しその金額から三割を生活費として控除して、本件事故当時における現価を算定すると、別表三「給与に関する逸失利益計算書」に記載のとおり、金四三三一万一九八二円となり、これが亡邦夫の給与に関する逸失利益である。

(2) 退職金に関する逸失利益

金四一九万八一〇五円

〈1〉 亡邦夫は、右のとおり本件事故にあうことなく右検察庁に勤務して平成八年三月末日定年退職したならば、国家公務員として三六年五か月間勤務し得たものである。したがつて、国家公務員等退職手当金法五条一項及び昭和四八年五月一七日法律三〇号附則五、六、七項が適用されて、右定年退職時の退職金は、

定年退職時の本俸×5700/100×110/110

で計算される額になる。

〈2〉 亡邦夫の定年退職時の本俸は、前記別表二「俸給支給予定額計算書」に記載のとおり、別表一の公安職俸給表(二)の八級一七号であるが、二〇年以上勤務して退職する場合には人事院規則九―八第三九条三号により通常直近上位の俸給月額に昇給することになつているので、亡邦夫もそれに従い公安職俸給表(二)の八級一八号になる。

亡邦夫死亡退職当時の公安職俸給表(二)の八級一八号の俸給月額は金四〇万一七〇〇円であるが、前記のとおり少なくとも毎年二パーセントのベースアツプが見込まれるため、平成八年三月末日における公安職俸給表(二)の八級一八号の俸給月額は金四八万〇〇六八円になる。

そこで、前記退職金の計算式によつて亡邦夫の定年退職時の退職金を算出すると、

480,068×5700/100×110/100=30,100,263

となり、亡邦夫は退職金として右金三〇一〇万〇二六三円を受領し得たものであるので、右退職金につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して本件事故当時の現価を算定すると、金二〇〇六万四八三五円になり、この金額から亡邦夫が死亡退職金として既に受領した金一五八六万六七三〇円を差引いた金四一九万八一〇五円が同人の退職金に関する逸失利益である。

(3) 退職後六七歳に至る間の逸失利益 金一五四七万八四五一円

亡邦夫は、検察庁を定年退職する日の翌日たる平成八年四月一日以降満六七歳になる平成一五年七月末日まで再就労することができたはずであるところ、同人は大卒であつたから賃金センサス昭和六〇年度第一巻第一表旧大、新大卒男子労働者の満六〇歳以上の給与に従い、満六五歳になるまでの間は年間五九八万八八〇〇円、満六五歳から満六七歳の間は年間五八四万〇九〇〇円の収入を、それぞれ得ることができたものであるので、右収入につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除してその金額から四割を生活費として控除して、本件事故当時における現価を算定すると、別表四「退職後就労可能年齢までの逸失利益計算書」に記載のとおり、金一五四七万八四五一円となり、これが同人の退職後六七歳に至る間の逸失利益である。

(4) 退職共済年金に関する逸失利益 金一二七九万八八九五円

〈1〉 亡邦夫は、国家公務員であつたから、国家公務員等共済組合法、同法附則、同法改正附則、同法の政令等に基づき退職共済年金を受領し得たものであるところ、現在国家公務員の退職共済年金は、全員について国家公務員共済組合連合会において計算、支給されている。

〈2〉 同人の国家公務員共済組合の組合員期間は、本件事故にあわなければ、昭和三四年一一月一日東京地方検察庁に採用されてから定年退職する平成八年三月末日まで四三七か月になり、国家公務員等共済組合法四二条、七六条ないし七八条、同法附則、同法昭和六〇年改正附則一五条、同法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令を適用して、亡邦夫の退職共済年金の年額を計算すると、国家公務員共済組合連合会の計算によれば、

定額部分 七八万五三五三円

報酬比例額 一二二万三九七五円

職域加算額 一五万一七七八円

加給年金額 一八万七九〇〇円

を加算した合計金二三四万九〇〇〇円になる。この年金額には亡邦夫の超過勤務手当、宿日直手当等が含まれていないので、亡邦夫が生存していれば、右年金額より高額になる。

〈3〉 亡邦夫は、本件事故当時五一歳であり、昭和六〇年当時の簡易生命表によれば、男子の平均寿命は七七・七五歳であつて、健康であつた同人もまた七七歳に達するまで生存することができ、国家公務員等共済組合法に基づき退職後平成八年四月から平均二五年七月までの一七年間にわたり右退職共済年金を受給し得たものであるから、その合計金額につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除し、その金額から四割を生活費として控除して、本件事故当時における現価を算定すると、別表五「退職共済年金計算書」に記載のとおり、金一二七九万八八九五円となり、これが同人の退職共済年金に関する逸失利益である。

(5) 慰謝料 金二三五〇万円

亡邦夫は、原告らにとつて欠くことのできない一家の柱であつて、年齢五一歳の働き盛りで今後検察庁で昇進、昇格して収入も増える予定であつたところ、運転手彌重が被告保有の普通貨物自動車を酒酔い運転したために、追突されて路上に跳ね飛ばされ、脳挫傷等の障害を負わされた。しかるに、右彌重は救護等の必要な措置を講ぜず、かつ、警察等への届出も怠つたものであり、亡邦夫の受けた精神的苦痛は筆舌に尽くし難いものがあるというべきである。したがつて、その精神的苦痛を慰謝するには、単なる軽過失による交通事故の場合に比較して、さらに増額された金額を算定すべきであり、慰謝料としては金二三五〇万円を下ることは相当でないと考えられる。

よつて、亡邦夫が本件事故によつて被つた損害額は右(1)ないし(4)及び(5)の金額の合計金九九二八万七四三三円となり、同人は右同額の損害賠償請求権を取得した。

(6) 相続承継

原告喜子は亡邦夫の妻、同久尚及び理は亡邦夫の子であるから、邦夫の死亡により、相続人として法定相続分の割合に従い前記亡邦夫の損害賠償請求権を相続承継し、その金額は原告喜子が金四九六四万三七一六円、原告久尚及び同理が各自金二四八二万一八五八円である。

(二) 原告喜子固有の損害

(1) 葬祭費 金八〇万円

(2) 原告喜子固有の遺族共済年金に関する損害 金一四〇万九二五五円

原告喜子は、昭和一四年四月二二日生まれであり、昭和六〇年簡易生命表によれば、女子の平均寿命は八二歳であるから、原告喜子は八二歳(平成三三年)まで生存することができ、亡邦夫が生存していたならば、同人が七七歳に達する平成二五年七月には未だ八年余りの余命があり、亡邦夫が本件事故にあうことなく七七歳で死亡したならば、原告喜子は、右八年間、国家公務員等共済組合法に基づき遺族共済年金として、亡邦夫の前記退職共済年金の年額金二三四万九〇〇〇円のうち年額金一五〇万一七〇〇円を受給し得るものである。右八年間の遺族共済年金の合計金額につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時の現価を算定すると、金四六七万四七九二円となる。

原告喜子は、遺族共済年金として平成一六年五月以降は年額金一〇四万九〇〇〇円が支給される予定であり、平成二五年以降八年間少なくとも右年金額と同一の年金を受給することになるから、その合計金額につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時の現価を算定すると、金三二六万五五三七円となる。

したがつて、原告喜子固有の遺族共済年金に関する損害は、右金四六七万四七九二円から金三二六万五五三七円を差し引いた金一四〇万九二五五円となる。

(三) 原告ゑの損害

慰謝料 金三〇〇万円

原告ゑは伴侶を失つて亡邦夫と長年同居しており、同人から扶養を受けてきたところ、同人を彌重の酒酔い運転のために死亡させられたものであり、その精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、着手金及び報酬として第一審判決時に原告喜子は金二〇〇万円、原告久尚及び同理は各金一五〇万円を支払うことを約した。

(五) 損害の填補

(1) 原告喜子、久尚及び理は、本件事故に関し自動車損害賠償責任保険から金二五〇〇万円の支払いを受けたので、法定相続分に応じ、原告喜子は金一二五〇万円、同久尚及び同理は各金六二五万円を右損害に充当した。

(2) 原告喜子は、亡邦夫の死亡により、昭和六一年八月から平成一六年四月まで遺族共済年金として年額金一一〇万二六〇〇円を、平成一六年五月から年額金一〇四万九〇〇〇円を受給することになつているため、亡邦夫が生存したと推定される平成二五年七月まで受給すべき年金につき、ホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時における現価を算出すると、別表六「遺族共済年金計算表」に記載のとおり、金一八二九万五〇八四円となるので、これを喜子の損害の填補に充てる。

5  よつて、原告らは、被告に対し、自賠法三条に基づき、原告喜子につき金二三〇五万七八八七円、同久尚及び理につき各金二〇〇七万一八五八円、同ゑにつき金三〇〇万円及び右各金員に対する昭和六一年七月一八日からそれぞれの支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件事故の態様については否認し、その余の事実は認める。訴外彌重は酒気帯び運転をしたものであつて、酒酔い運転及びひき逃げ運転はしていない。

3  同3は認める。

4(一)(1) 同4の(一)(1)は争う。ベースアツプは種々の不安定な要素を含むもので、流動的なものであるから、長期にわたつて確定的に予測することはできず、最近の低経済成長及び物価の安定という経済状況からすれば、考慮すべきでなく、また、昇給、昇格については、本人の能力、勤務成績、勤務態度その他の事情を総合考慮して決定されるもので、単に過去の実績があることをもつて将来課長に昇進し、大幅な昇給があるとの蓋然性があるとはいえない。さらに、原告喜子、久尚及び理は既に皆就職して何らかの収入を得ており、亡邦夫の被扶養者でなく、被扶養者は原告ゑのみであつて、亡邦夫が一家の柱とはいえず、生活費控除は四割が適切である。

(2) 同4の(一)(2)は争う。

(3) 同4の(一)(3)は争う。定年退職後の再就職は確実性に乏しいばかりか、仮に再就職による収入があるとしても、本人の生活費を差引いてなお余剰があることまで予測することは困難である。

(4) 同4の(一)(4)は争う。

(5) 同4の(一)(5)は争う。前記のとおり、亡邦夫は一家の柱といえず、また本件事故は悪質な酒酔い及びひき逃げの事案ではない。

(6) 同4の(一)(6)は不知。

(二)(1) 同4の(二)(1)は不知。

(2) 同4の(二)(2)のうち、原告喜子の平均余命は認めるが、その余は争う。亡邦夫が七七歳まで、原告喜子が八二歳まで生存することは二重の予測をするものであつて確実性がない。また、本件のように遺族共済年金が支給されたうえで、さらに八年間の遺族共済年金を認めることは他の勤労者の遺族の保障に比較して不平等を生ずるもので社会通念としても認めるべきでない。

(三) 同4の(三)は争う。

(四) 同4の(四)は争う。

(五) 同(五)の(1)は認め、(2)は争う。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故現場は、昼夜を問わず交通量の多い道路であるが、車道は片側三・三メートルと狭く、一方、車道の左端には二・四メートルの歩道が敷設されて「自転車通行可」の標識が出され、右歩道を自転車が通行することも認められ、普段多くの自転車は右歩道を通行している。しかるに、亡邦夫は、右歩道の通行を阻害するものがないにもかかわらず、車道を通行したという過失がある。

したがつて、本件事故による損害額の算定に当たつては原告側の過失を二割相当として斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、本件事故現場の車道は片側三・三メートルであり、一方、車道の左端には二・四メートルの歩道が敷設されて「自転車通行可」の標識が出されて自転車の通行も認められていることは認めるが、その余は争う。自転車が歩道を通行することが認められているとしても、それは自転車は歩道を通行しなければならないというものではないから、亡邦夫に過失はない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  (原告らの地位)

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  (事故の発生)

同2の事実のうち、本件事故の態様を除く事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一ないし第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、訴外彌重は呼気一リツトルにつき〇・五四ミリグラムのアルコールを保有して加害車を運転し、鴻巣市人形三丁目一番五一号先路上を吹上町方面から北本市方面に向かつて進行中、同方向に進行していた亡邦夫の自転車を認め、その自転車の右側を追越して通過しようとして、右転把しようとしたところ、対向車線から自動車が接近していることに気付き、右対向車とのすれ違いにのみ気をとられて漫然進行したため、前記亡邦夫の自転車に加害車の左側を追突させて同人を跳ね飛ばし、路上に転落させたが、直ちに停止することなく右現場から約一〇〇メートル右加害車を走行させたところ、追尾してきた後続車の合図を受けて初めて加害車を停止させ、事故現場に戻つたことが認められ、これらの事実によれば原告ら主張の本件事故の態様を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  (責任原因)

被告が加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、被告は自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

四  (損害)

1  亡邦夫の損害 金七六五五万一六五五円

(一)  給与に関する逸失利益 金三二七八万三一〇八円

(1) 本俸及び昇給・昇格について

成立に争いのない甲第四、第五号証及び原告小峰喜子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡邦夫は、検察事務官として昭和三四年一一月一日から東京地方検察庁等に勤務し、死亡当時は東京高等検察庁事務局会計課主計係長の職にあり、五一歳で健康体であつたこと、本件事故にあわなければ、国家公務員法八一条の二に従い六〇歳の定年になる平成八年三月三一日まで右検察庁に勤務し得たものであることが認められる。そして、前記甲第五号証及び成立に争いのない同第二四号証によれば、亡邦夫は、本件事故当時、一般職の職員給与に関する法律六条一項四号、ロ、公安職俸給表(二)の七級一二号俸の本俸月額三三万九九〇〇円を受けていたことが認められる。この事実と右一般職の職員の給与に関する法律八条及び人事院規則九―八第三四条の二とを併せ考えれば、満五六歳に至る平成四年までの間は毎年一回一号俸ずつ右俸給表の七級一八号俸まで昇給し、満五六歳に達した日以後は平成五年及び平成七年七月に各一回一号俸ずつ右俸給表の七級二〇号俸まで昇給していくものと認められる。

ところで、成立に争いのない甲第一〇ないし第二二号証によれば、亡邦夫は、右在職中、昭和三九年から昭和六一年までの二二年間に五回特別昇給していたこと、昭和五四年四月から本件事故当時まで約七年間係長の職にあつたことが認められ、また成立に争いのない甲第五号証によれば、東京高等検察庁事務局人事局人事事務課の人事事務担当検察事務官は、亡邦夫が平成三年(昭和六六年)四月以降課長に昇進することを前提とした俸給支給予定額計算書を作成している。しかしながら、昇格は、その時の定数等との関係もあり、また昇給と趣を異にし将来に向けた諸々の人事上の判断に依存すると考えられるから、亡邦夫が存命であれば昇格したであろうという前提で逸失利益を計算することは相当でないと考える。

(2) 諸手当について

前掲甲第五、第二四号証によれば、亡邦夫は、本件事故当時、右本俸のほかに、一か月当たり、調整手当金三万四四四〇円、扶養手当金四五〇〇円及び住居手当金一〇〇〇円を受けていたことが認められ、一般職の職員の給与に関する法律及び人事院規則九―四九、九―八〇、九―五四によつて、亡邦夫が退職するまで本俸及び扶養手当の合計額の一〇〇分の一〇の調整手当、前記同額の扶養手当及び住居手当をそれぞれ受け得たものと認めることができる。また、前記法律によれば、期末手当として、前記本俸及び調整手当並びに扶養手当の合計額に、毎年三月には一〇〇分の五〇、同六月には一〇〇分の一四〇、同一二月には一〇〇分の一九〇を乗じた額を、勤勉手当として前記本俸及び調整手当並びに扶養手当の合計額に、毎年六月には一〇〇分の五〇、同一二月には一〇〇分の六〇を乗じた額を支給されることとされているので、亡邦夫は退職するまで、右同額の期末手当及び勤勉手当を受け得たものと認められる。

(3) 物価変動に伴ういわゆるベースアツプについて

成立の争いのない甲第二三号証及び原本の存在と成立に争いのない同第二六号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、国家公務員一般職の給与のベースアツプについては毎年人事院勧告がされ、昭和六一年には二・三一パーセント、昭和六三年は二・三五パーセント、平成元年は三・一五パーセントの勧告がなされていることが認められるが、社会・経済の変動に左右される面が強く、今後も少なくとも年二パーセントのベースアツプがあると推断することは困難である。

(4) 生活費控除

原告小峰喜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡邦夫の被扶養者は原告ゑ一人であつたことが認められ、右事実によれば亡邦夫の逸失利益算定に際しての生活費控除は四割が相当である。

(5) 以上の事実を総合し、亡邦夫が昭和六一年八月以降定年退職する平成八年三月三一日に至るまでの各一年間に受領し得うべき金額を計算すると、別表七「給与等所得額計算表」に記載のとおりの金額となり、この金額からホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して本件事故当時における現価を、生活費控除を四割として算定すると、別表七「給与に関する逸失利益計算表」に記載のとおり金三二七八万三一〇八円となる。

(二)  退職金に関する逸失利益

金四八万七九七四円

亡邦夫は、前記認定のとおり、本件事故にあうことなく右検察庁に勤務して平成八年三月三一日定年退職したならば、国家公務員として通算三六年五か月間勤務し得ることが認められ、したがつて、国家公務員等退職手当金法五条一項及び昭和四八年五月一七日法律三〇号附則五、六、七項により、右定年退職時の退職金は、

定年退職時の本俸×5700/100×110/100

で計算される額になるところ、亡邦夫の定年退職時の本俸は、前記認定のとおり、一般職の職員給与に関する法律六条一項四号、ロ、公安職俸給表(二)の七級二〇号であるが、人事院規則九―八第三九条一項によつて二〇年以上勤務して退職する場合には直近上位の俸給月額に昇給することになつている。したがつて、亡邦夫についても同規則に従い別表一の公安職俸給表(二)の七級二一号になることが認められる。

そうすると、亡邦夫の定年退職時の俸給月額は金三九万一三〇〇円であるので、亡邦夫の定年退職時の退職金を算出すると、

391,300×5700/100×110/100=24,534,510

となり、亡邦夫は退職金として右金二四五三万四五一〇円を受領し得たものであるので、右退職金につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して本件事故当時の現価を算定すると、金一六三五万四七〇四円になる。ところで、成立に争いのない甲第九号証によれば亡邦夫は死亡退職金として既に金一五八六万六七三〇円を受領しているので、右現価から右既受領の死亡退職金を差引いた残金四八万七九七四円が亡邦夫の退職金に関する逸失利益である。

(三)  退職後六七歳に至る間の逸失利益 金九四八万一六七八円

原告小峰喜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡邦夫は定年退職後も再就職する気持でいたが具体的にいかなる仕事に就くかは決めていなかつたこと、及び検察事務官を退職した場合には定年退職後事務職に就くのが一般的であると認められる。そして、再就職をした場合には特段の事情のない限り、その収入は以前の収入よりも低くなるとみるのが相当であるところ、本件では右特段の事情について何らの主張・立証もない。そして、亡邦夫の場合、同人についてこれまでの経歴等前記認定の諸事実からすれば、亡邦夫が検察庁を定年退職した後再就職して満六七歳になる平成一五年七月三一日までの間は、退職前年の年収の五割を下回らない収入を得られたものと認めるのが相当であり、亡邦夫の生活費は収入の四割とみるのが相当であるから、ホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時における現価を算定すると、別表八「再就職に関する逸失利益の計算書」に記載のとおり、金九四八万一六七八円となり、これが亡邦夫の退職後六七歳に至る間の逸失利益である。

(四)  退職共済年金に関する逸失利益 金一二七九万八八九五円

成立に争いのない甲第六、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和六〇年簡易生命表によれば男子の平均寿命は七七・七五歳であつて、亡邦夫もまた七七歳に達するまで生存することができ、国家公務員等共済組合法に基づき退職後平成八年四月から平成二五年七月までの一七年間にわたり、年額二三四万九〇〇〇円の退職共済年金を受給し得たことが認められ、その合計金額につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除し、生活費はその四割とみるのが相当であるから、その生活費を控除して、本件事故当時における現価を算定すると、別表五「退職共済年金計算書」記載のとおり、金一二七九万八八九五円となる。

(五)  慰謝料 金二一〇〇万円

亡邦夫が本件交通事故による傷害・死亡によつて精神的苦痛を受けたことは明らかであり、本件が酒酔い運転のほか、いわゆるひき逃げ態様を伴うものであることなどをも勘案すれば、慰謝料は金二一〇〇万円が相当である。

よつて、亡邦夫が本件事故によつて被つた損害額は右(一)ないし(三)及び(五)の金額の合計金七六五五万一六五五円となり、同人は右同額の損害賠償請求権を取得した。

(六)  過失相殺について

本件事故現場の車道は片側三・三メートルであり、一方、車道の左端には二・四メートルの歩道が敷設されて「自転車通行可」の標識が出されて自転車の通行も認められていることは当事者間に争いがないが、右「自転車通行可」の標識は自転車が歩道を通行することも認められるというに過ぎなく、自転車は歩道を通行しなければならないというものではなく、車道を通行していた亡邦夫には何等の過失もないから、被告の過失相殺の主張は理由がない。

(七)  相続承継

成立に争いのない甲第三号証及び原告小峰喜子本人尋問の結果によれば、原告喜子は亡邦夫の妻、原告久尚及び同理は亡邦夫の子であり、右原告らは法定相続分に従つて前記亡邦夫の損害賠償請求権を相続承継したものと認められるから、その金額は原告喜子が金三八二七万五八二七円、原告久尚及び同理が各自金一九一三万七九一四円である。

2  原告喜子固有の損害

(一)  葬祭費 金八〇万円

原告小峰喜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡邦夫の死亡に伴い社会一般の例にならつてその葬儀がとりおこなわれ、原告喜子が葬祭費金八〇万円を支出していることが認められ、亡邦夫の年齢、職業等に照すと、本件交通事故と相当因果関係にある費用として金八〇万円を下らないと見るのが相当である。

(二)  原告喜子固有の遺族共済年金に関する損害 金一三五万三〇七五円

成立に争いのない甲第七、第八号証、原告小峰喜子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告喜子は、昭和一四年四月二二日生まれであり、昭和六〇年簡易生命表によれば、女子の平均寿命は八二歳であるから、同人も八二歳になる平成三三年まで生存することができ、亡邦夫が本件事故にあうことなく平均寿命まで生存していたならば、同人が七七歳に達する平成二五年七月から八年余りの余命があること、亡邦夫が平成八年三月三一日定年退職したならば、亡邦夫の死亡後、原告喜子は、国家公務員等共済組合法に基づき遺族共済年金として、亡邦夫の前記退職共済年金の年額金二三四万九〇〇〇円のうち年額金一五〇万一七〇〇円を受給し得ることが認められ、右八年間の遺族共済年金につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時の現価を算定すると、別表九「遺族共済年金計算書(一)」に記載のとおり金四四八万八三六四円となる。

他方、弁論の全趣旨によれば、原告喜子は、遺族共済年金として年額金一〇四万九〇〇〇円が支給される予定であり、平成二五年以降八年間少なくとも右年金額と同一の年金を受給し得ることが認められるから、その八年間の遺族共済年金につきホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時の現価を算定すると、別表一〇「遺族共済年金計算書(二)」に記載のとおり金三一三万五三〇七円となる。

したがつて、原告喜子固有の遺族共済年金に関する損害は、金一三五万三〇七五円とみるのが相当である。

3  原告ゑの損害

慰謝料 金一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告ゑは亡邦夫と長年同居しており、同人から扶養を受けてきたところ、同人を本件事故によつて失つたことによつて精神的苦痛を受けたことは明らかであり、慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

4  損害の填補等

(一)  原告喜子、久尚及び理は、本件事故に関し自賠責保険から金二五〇〇万円の支払いを受け、法定相続分に応じ、原告喜子は金一二五〇万円、同久尚及び同理は各金六二五万円を充当したことは、当事者間に争いがない。

(二)  遺族共済年金について

弁論の全趣旨によれば、原告喜子は、亡邦夫の死亡により、昭和六一年八月から平成一六年四月まで遺族共済年金として年額金一一〇万二六〇〇円を、平成一六年五月から年額金一〇四万九〇〇〇円を受給し得ることが認められ、亡邦夫が生存したと推定される平成二五年七月まで受給すべき年金につき、ホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、本件事故当時における現価を算出すると、別表六「遺族共済年金計算表」に記載のとおり、金一八二九万五〇八四円となる。

遺族共済年金は、厳密な意味で退職共済年金に代るものではないが、退職共済年金の受給権者が死亡した場合に、初めてその法定の遺族に法定の優先順位に従つて支給されるものであり、その金額も退職共済年金を基準にして定められるものであるから、損益相殺の趣旨を類推して、現に受給し、将来受給する予定の年金額を、当該年金を受給する者の損害賠償請求権の相続分から差引くのが相当である。

したがつて、右遺族共済年金を現に受給し、将来受給する予定の原告喜子の相続額金三八二七万五八二七円から右金一八二九万五〇八四円を差引くのが相当である。

5  弁護士費用

原告小峰喜子本人尋問の結果によれば、原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、着手金及び報酬として第一審判決時に原告喜子は金二〇〇万円、原告久尚及び同理は各金一五〇万円を支払うことを約したことが認められるが、本件事案の難易、訴訟追行の経過、本件請求額、前記認容額等を斟酌して勘案すると、右原告らが本件訴訟代理人に対し負担するに至つた弁護士費用のうち、本件事故との間に相当因果関係を有する費用は合計金二〇〇万円と認めるのが相当であり、右認定事実によれば、原告喜子は金八〇万円、原告久尚及び同理は各金六〇万円を負担すると認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、被告に対し、原告喜子は金一〇四三万三八一八円及びうち弁護士費用を除く金九六三万三八一八円につき本件事故日である昭和六一年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、同久尚及び理は各金一三四八万七九一四円及びうち弁護士費用を除く金一二八八万七九一四円につき右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、同ゑは金一〇〇万円及びこれに対する右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ請求する権利を有するものと認められる。

よつて、本訴請求は主文掲記の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、第九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小笠原昭夫 伊東正彦 稲元富保)

別表一 ロ 公安職俸給表(二)

別表二「俸給支給予定額計算書」

別表三「給与に関する逸失利益計算書」

別表四「退職後就労可能年齢までの逸失利益計算書」

別表五「退職共済年金額計算書」

別表六「遺族共済年金計算書」

別表七「給与に関する逸失利益計算表」

別表八「再就職に関する逸失利益計算書」

別表九「遺族共済年金額計算書(一)」

別表一〇「遺族共済年金計算書(二)」

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